旧国道13号線 栗子峠

福島側

その6
(山越え区間)


高平隧道旧道に始まり旧山神橋、中野第一・第二トンネル旧道、大滝第一・第二トンネル旧道、
旧猪沢橋、旧大路橋、新沢橋、旧新沢橋、そして連続ヘアピン区間。
栗子峠へのアプローチ道路の旧道群を紹介してきましたが、
いよいよ栗子隧道福島側坑口への区間が始まります。

烏川橋を渡ると本格的な山登りが始まります。
ここからが万世大路本領発揮です。






↓↓↓山越え区間↓↓↓
mapion

通行日 
2004年5月2日
走行レポート


※レポート中の写真をクリックすると大きな写真(640×480)が見れます。


(この区間は地図に掲載されていないので概略図をを作成しました。
レポート中の番号は概略図の番号に該当しています。)
概略図はこちら





斜面に生えたゼンマイ。
こうした山菜を目当てに訪れる人も少なくないはず。





22 地点
道が川になっている、まあこれは沿線では珍しいことではないが
この場所は水が流れているところがコンクリで施工されている。
現役当時からここは水を流すような設計になっていたのか?
ちなみに水が落ちていく先は先ほどの烏川橋の袂である。




23 地点
その先もご覧のような道が続いている。
一見穏やかな道のように見えるが、随所で非常に荒れている部分があり
車での通行には気を使うだろう。
ところで後でかなり先に進んでから気づいたのだが、このあたりで首に掛けていた
タオルを落としてしまっていたようだ。
帰りにここを通った際にちゃんと回収したが、どうやら落としたときの
そのままの状態でそこにあったようだ。人や車がめったに通わないこの道ならでは、である(^^;




飛行機はいつもと変わらず空を飛んでいる。
この飛行機に乗っている人たちはこれからどこに行くのか、
観光か、はたまた仕事か。
それにしてもこの付近ではよく飛行機を見かけるなぁ。
烏川橋〜飯坂スキー場跡の区間の探索時にも飛行機が「真上」を飛んでいた。
ちょうど航路になっているのかな?




24 地点
少し行くとなにやら看板のようなものが伏せてあった。
起こしてみると・・・
「日本製紙株式会社 栗子社有林」の文字が・・・
ん?ここって私有地になっている??
まあ、伏せてあったということは気にしなくていいんでしょうかねぇ??
再び伏せて先へ進む、と。




結構勾配がキツイ。
そろそろ(とっくに?)自転車がお荷物に感じてきた。
というか最初の地点からここまで早1時間半、いよいよ疲労感が強くなってくる。
しかし帰りを考えると・・・頑張って押し続ける。




25 地点
朝日が隠れた、これは山が東側に来た証拠である。
地形図を見ると道はここから山を右に見ながら九十九折に入っていく。
そして急勾配とヘアピンで一気にこの朝日を隠している山の上まで登るのだ。
これから超えなければならない道のりを地図で確認すると、おばらさんも自分も疲労感倍増だ(汗)




高度を上げていくと再び残雪が現れ始めた。
この先どのくらい残雪に苦しめられるか、それが全線走破へ向けて
どのくらい影響してくるのかがキーである。






26・27・28 地点
そしてついに始まったヘアピン区間。
日陰になっている部分にはそれなりに残雪が残っている。
しかし、まだ朝で気温が上がりきっていない状態なので
柔らかい雪ではなく堅く凍った状態をキープしている故、歩きやすい。
ヘアピン区間は勾配がきつく、ここまでの疲労もあるのでこれが果てしなく長く感じる。
いったいいつこの九十九折が終わるのか、ということしか頭に無くなってくる。
気も焦っているのかもしれない。





29・30・31・32 地点
まだまだ続く山越え区間。
残雪は残ってはいるが心配していたほどの量では無く、歩く程度の幅は
路肩に確保されているので体力の温存は出来た。
上を見ると稜線がすぐそこに見えているのだが登っても登っても
なかなか辿り着けない、そんな印象が非常に強く残った区間である。
疲労の度合いもその感覚を助長したことは言うまでも無い、が。

そしてついに山の上へ。
そこでこの地の山深さを印象付ける風景に出会った。



つづく
(山越え区間〜大平集落跡)



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