国鉄川俣線 廃線探訪

そのB 橋脚跡〜飯野町区間

現在、福島県内の中通り地方と浜通り地方を結ぶ路線は磐越東線一本ですが
過去に現在の東北本線松川駅から伊達郡川俣町までを結ぶ「川俣線」という路線がありました。
この川俣線、営業区間全行程(松川駅〜岩代川俣駅)でも12.2kmしかなく
所要時間も約15分ほどとかなり短い路線となっています。
開業当時は松川駅から双葉郡浪江町の浪江駅までを結ぶ路線として
計画があったそうですが、計画路線沿線の住民の反対等によって実現しませんでした。
そして営業を続けていた松川〜岩代川俣間も多大なる赤字によって
1972年(昭和47年)5月13日に廃線となりました。




通行日 2003年5月17日
調査レポート



写真をクリックすると拡大写真が見れます。


それでは浜子隧道の飯野町側坑口付近に移動して探索を続けます。


そのA途中〜そのB途中までの調査区間のマップはこちら



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浜子隧道の飯野町側坑口跡は埋め立てられてしまっているので発見できず。
廃線跡を進みます。





やがて道は未舗装となります。
左側には資材置き場?のような場所があります。





さらに進むと完全に手が付けられていないらしく写真のような状態に。
しかし道筋は確実に奥に向かって続いているのが分かります。




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すると写真には写っていませんが、フェンスがあり廃線跡は
阿武隈川で途切れていました。
丁度、川が福島市と飯野町の境になっています。
川俣線はここを鉄橋で渡っていました。
数年前まではその鉄橋が残されていたそうですが・・・
今となっては橋脚さえ無い状態でした。
それでは反対側にまわってみましょう。





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これは反対側にまわる途中の阿武隈川の風景。市町村境付近で撮りました。
岩がごつごつとしていてなかなか荒々しい感じです。
ちなみにこの写真は県道51号の大隈橋上から撮ったものですが、
この橋こちらのように歩道の類が一切なく幅員も狭めで、
しかもトラックなどの大型車が結構通るのでなかなか怖い思いをしました。^^;;





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さて反対側に来ました。
正面方向に見える木の切れ間が先ほどの場所です。
う〜ん、こうしているとますます鉄橋があればなぁ〜、
としみじみ思ってしまいました。(^^;A
まあ、渡る人がいた+老朽化して危険だったんでしょうね。




さて鉄橋を渡って飯野町に入った川俣線はこの後も緩やかな
上り勾配がダラダラと続いており非電化時代はなかなかの難所だったようです。
今となっては特に問題はなさそうですが。
ちなみに左側の建物が対岸から見えていた建物です。





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車道と交差すると道は未舗装になり工場の脇を抜けていきます。




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さらにしばらく行き再び車道と交差、民家の脇を通ると
またまた草ボウボウの区間の始まりです。
どうも道路でも鉄道でも「廃」なところが草ボウボウで、でも道筋が
残っているようなところに行くとドキドキしてしまいます。
病気でしょうか(^^;)




この区間は脇には石垣が積まれており、この切り通しな感じといい
廃線の匂いがプンプンです。



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