国鉄川俣線 廃線探訪
現在、福島県内の中通り地方と浜通り地方を結ぶ路線は磐越東線一本ですが
過去に現在の東北本線松川駅から伊達郡川俣町までを結ぶ「川俣線」という路線がありました。
この川俣線、営業区間全行程(松川駅〜岩代川俣駅)でも12.2kmしかなく
所要時間も約15分ほどとかなり短い路線となっています。
開業当時は松川駅から双葉郡浪江町の浪江駅までを結ぶ路線として
計画があったそうですが、計画路線沿線の住民の反対等によって実現しませんでした。
そして営業を続けていた松川〜岩代川俣間も多大なる赤字によって
1972年(昭和47年)5月13日に廃線となりました。
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通行日 2003年5月17日
調査レポート
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写真をクリックすると拡大写真が見れます。


切り通しの場所からしばらく行くと県道307号線と合流します。
と言っても川俣線が現役の頃は右の道しか無く、ここは踏み切りだったんでしょう。
確信はありませんがそんな気がします(^-^;)
どうやら廃線跡は現在の307号に吸収されてしまったようです。
この後県道307号線は県道39号川俣安達線に合流します。


上の写真の場所からまもなくで飯野町駅に到着です。
現在はJRバスの停留所になっています。
手前の道路が廃線跡を吸収した県道39号線です。
現役時代は「岩代飯野駅」(いわしろいいの)と言いました。
川俣線で松川−岩代川俣駅間で唯一の途中駅でした。
ここから視点を左側に移すと・・・

駅前の様子が見えてきます。
確かに「駅前」の雰囲気を色濃く残しています。
旅館などもありますし。
さらに左に移すと・・・

するとそこには川俣線で走っていた機関車と”同型”の機関車が安置されていました。
詳しくはこちらの説明版を見てください(^^;)


それではここから先はあまり見所も無いですが川俣まで行ってみましょう。
県道39号線を進むとR114との交差点付近で廃線跡が別れます。
柵がしてあるのが廃線跡です。

ずっと向こうまで直線が続いています。
かつて川俣線の運転手はこれと同じ風景を見ていたんでしょうね・・・


川俣町の区間の廃線跡は拡幅されたり吸収されたりしてあまり面影はなかったです。
で、ここが元の「岩代川俣駅」(いわしろかわまた)跡・・・という碑が建っています。
無かったら全然分かりません。

駅跡には資料館が建っていました。
その名も「元川俣駅資料館」。
余計なことを言うとこの書き方って”元”ここに川俣駅の資料館があった、
みたいに感じませんか??自分だけでしょうか・・・
で、中をのぞいてみると本当に何も置いてありませんでした(笑)
結果としてはどう取ってもらっても構わないってことでしょうか(^^;;)
ちなみに後ろの建物は「ふもとがわ団地」の建物です。
以上で川俣線の廃線跡は全線まわったことになりますので、
レポートはここで終了です。
初の鉄の話題いかがでしたでしょうか?
まあ、半分は道の調査って感じですが(^^;)
鉄に関してはど素人なのでご勘弁をm(_ _)m
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